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父と共に涙の奮闘記〜「心に残る医療」より

  板倉美佐子さん「父と共に涙の奮闘記」
                              (読売新聞/日本医師会)

私の父は23年前に母と離婚し、以来、音信不通になっておりました。長い人生を生きていく過程で、いつしか父の記憶は次第に薄れていき、私は現在の夫と9年前に再婚し、やっと、静かな幸せをつかんだころでした。

 父と出会ったのは、今から3年前のことです。私の戸籍を調べ、突然父が訪ねて来ました。父は母と別れてから、六畳一間の文化住宅で、細々と年金生活を送っていたそうです。身寄りのない父は、老後を悟り、軽費老人ホーム(食事付きで自立できる年寄りが入れる施設)へ入所するのに、身元引受人がほしいとの依頼でした。私はすっかり年老いた父を、よくよくのことと情けをかけ、承諾したのでした。しばらくの間、施設の生活にも慣れて、安心していた矢先、昨年の5月13日に、父は大学病院へ緊急入院しました。病院へかけつけ、父を見た私は息をのみました。目はうつろで、口からはだ液が流れ、「これが父さん!」。診断はパーキンソン病でした。手足がしびれ、幻覚と筋肉硬直まひの特定疾患の難病で、障害2級の父は、寝たきりの体になってしまい、余命数年と医師から宣告されました。

 この日から父と私の壮絶なドラマが始まりました。片道2時間の遠距離介護の日々。悪戦苦闘の初めての介護。疲れた体にむち打って、帰ってから夕飯の支度と、慌ただしい日々が流れました。と同時に、父に大きな問題が起こりました。要介護4の介護が必要になった父は、施設を退去しなければならなくなり、帰る所をなくしてしまったのです。家庭の事情で、父を引き取ることができなかった私は、施設探しも始めました。時間を作っては、何軒もの施設を頭を下げて頼み歩き、それはもう死にものぐるいでした。しかし、現実は厳しく、どこにも空きがなく、200件以上の待機者で、要介護が重くても空くのは3年先という気の遠くなる話でした。

 月日は流れ、回復していく父と裏腹に、行き場のない父は結局病院を3軒も転院することになってしまいました。医療制度の仕組み上仕方ないとはいえ、私はこんな残酷なことがあるのかと思い、この世で父が一番不幸な患者だと思いました。母を苦しめてきた父を恨んだこともあった私ですが、私にとっては本当の父であり、見捨てることはできません。たった一人で、黙々とリハビリに頑張っている父の後ろ姿、なんとか助けてやりたい!しかし、どうにもならない現実のジレンマと悲しさと不安で、私の疲労は限界を超えていました。

 追い詰められた私は、夫へ愚痴を言うようになり、家庭には波風が立ち、ついには離婚話にまで発展しました。そんな私の苦労も知らず、父はわがままを言い出しました。行き詰まった私は、「父さんなんか死ねばいい!」と暴言を吐いてしまったのです。私はハッと我に返り、後悔で胸がはりさけそうでした。あの時の父の寂しそうな横顔は、今でも忘れることはできません。心の中ではいつも、父へわびるように、「父さんには私がついているから、きっと帰る所は見つけてみせる」と、それだけは忘れませんでした。

 私たち親子のことは、ナースセンターでも有名になりました。今までのいきさつや、父の背景をご理解いただき、いつも温かくサポートして下さいました。私は病院関係者の人たちとの触れあいの中で、自己被害的な考え方を捨て、父にはできるだけ笑顔で対するよう努め、何でも素直に聞くようにしました。そんなある日、いつものように、体をふいてあげていると、反抗的だった父が、「ありがとう」とポツリと言ってくれたのです。あの時の父のありがとうは、魂からのひびきに聞こえました。私はうれしくて涙があふれました。

 うれしいニュースはまだありました。私の一念が天に通じたのか、奇跡が訪れました。今年の2月に、新設の特別養護老人ホームへ入所することができたのです。今まで頑張って来たことが全て報われました。九か月の長い闘病生活の末、寝たきりだった父は、現在一人で歩けるようになるまで回復し、元気に生活しています。今でも夢を見ているような気がします。父と私は、たくさんの人たちに支えられ、今日まで頑張ることができました。医療関係の方々や、自治体の方々、そして、急に出現した父のために、介護に行かせてくれた私の夫へ、心より感謝いたします。

 介護の世界は、まったく分からなかった私でありますが、父との出会いを機に、ただ今ヘルパー2級の資格習得中です。現在、介護で困っているお年寄りや、家族の人たちを、今度は私が助けてあげたいと思い、決心しました。人生最大の困難から、奇跡の喜びへ変わっていった私の生涯忘れられない体験を、ぜひお聞きいただきたく、ペンを執らせていただきました。


      (第23回 心に残る医療 体験記コンクール〜入選)


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